千代子とは上田の犬であるとともに、嗅覚の師匠でもある。このフェーズでは、千代子にリコー社のモバイル気体計測器「FAIMS」を装着し、嗅覚の赴くままに渋谷・原宿エリアを各2時間、計6時間歩いてもらった。
計測日 / エリア
2025年10月15日/ 渋谷〜代々木公園〜明治通り
2025年12月15日/ 原宿
2025年12月16日/ 代々木公園
2026年3月23日(予定)/ 荻窪

FAIMSはいわば、「空気のスキャナー」。人間が嗅げる匂いも嗅げない匂いもごっそり吸い込み、空気質を計測する。犬もまた人間の何倍も嗅覚が優れているといわれる。このフロアでは、人間では体験し得ない街の「匂いのレイヤー」を、FAIMSと犬の力を借りて擬似体験できるよう設計した。
計測結果のインタラクティブな再生においては、デジタル噴霧技術(Aromashooter)を使用。そして、マイクロカプセルという技術で縮小版の地図に定着させて、フィジカルに遊べるようにした。世界に誇るべき日本の嗅覚技術がここに結集しているといえる。
再生・再現にあたっては、人間の嗅覚疲労と展示環境・規模を考慮し、データを特定の方法でデフォルメしている。視覚情報の再生においてはRGBのような「原色」があるが、嗅覚においては、再生のための「原臭」が明らかになっていない。そのためここでは、色のRGBになぞらえ、3種の「原臭」を設定している(同等分子量の香料を使用)。
千代子の嗅覚世界(AR)
トラックボールを回して、千代子の散歩を体験してみよう。
渋谷・原宿を計6時間歩いた「千代子ウォーク」の中から、空気質データの大きな変化と千代子の反応が強く結びついた7つの場面を選び出した。空気中の匂いを分子の大きさによって L・M・S に大まかに分類し、近い性質をもつ芳香分子で再現している。
(フロアマップに示された7つのポイントも参照)
| 表示名 | 色での例え | 分子の大きさ | 再生香料 |
| 大 (L) | 赤(Red) | インドールなどの重い分子 | アニマリック・アンバー系 |
| 中 (M) | 緑(Green) | 中間. 人類が最も敏感で繊細に嗅げる分子量帯。 | 柑橘系・グリーン系 |
| 小 (S) | 青(Blue) | 小さい。人類には嗅ぎにくい、ほぼ「ガス」のような小さな分子量帯。水溶性の分子多め。 | オゾン系・マリン系 |

千代子の嗅覚世界(フロアマップ)
千代子が嗅覚の赴くままに歩いたルートを匂いで辿ってみよう! 匂いの変化がわかるかな?
・靴を脱いで上がってください。
・赤い点線に匂いがついています。マットを這い、犬のようにクンクン嗅いでください。
・服に黒い色がつくことがありますのでご注意ください。
*AR版と同じ香りが使われています。
千代子ウォーク動画アーカイブ
人間の目から見て、千代子の行動が嗅覚の刺激によると思われたシーンを選び出して編集した。
(approx. 10 min.)
おまけ:千代子の足跡スタンプ(匂いあり、色なし)
「千代子は、明治通りが大好き! ブランドショップがいっぱいあってね。どれもいい匂いでぜんぶ入りたくなっちゃった。記念に千代子の好きなブランドの匂いをスタンプにしたよ。見えないけど、匂いは残るよ。この匂いでまた千代子のこと思い出してね!」by 千代子
結果・考察
展示では、観客になるべく「見て、嗅いで、再体験してもらう」いわゆる能動的な体験と考察を重要視したため、言葉による説明は極力避けたが、あえて述べるなら以下の通りとなる。
千代子の行動を観察した結果は以下の通り:
・人間は散歩する時、視覚により情報を得て行動を決めるが、千代子にとってはそれが嗅覚であった。よって人間にとっては何ら「映えない」ものに興味を示した。
・渋谷スクランブル交差点や竹下通りの人混みでは人がたくさんの匂いを運んでいると思われ、千代子の嗅覚が錯乱するのか、ひどく右往左往し、まっすぐ進むのが難しかった。
・都会には地面の排水溝の穴やビルの隙間などが多数あり、千代子はいちいちそこに興味を示した。
・各店舗の正面から流れてくる匂いをチェックするため、千代子は店舗にいちいち入って行こうとするため、明治通り沿いは特にまっすぐ進むのが難しかった。
・千代子が興味を示したのは、飲食店にとどまらず、ブランドショップや時計ショップ、雑居マンションなど多岐に渡った。
・千代子は、空気の入り乱れる「交差点」や「辻」においては、長時間滞留し、各方面から流れてくる空気を嗅いでいた。
・自由に歩かせてみたものの、それほど遠くに行くわけでもなく、一度通ったところを再びぐるぐる回るなど、「見回り」をうかがわせる。
・竹下通りにはカピバラカフェやピッグカフェ、サモエドカフェなどの動物カフェが多く存在し、入り口で「出待ち」することもあった。
・代々木公園ではきょろきょろせず、直線に歩くことが多かった。
・原宿に比べると、枯葉の特定のスポットに直進して枯葉を掘り返したり、穴を通過した後にUターンして穴を嗅いだり、嗅覚由来の行動と見られる行動がわかりやすかった。
・人間はお昼時にガーリックの匂いがすると魅力的に感じるものであるが、千代子の場合は特に興味関心がなさそうだった(明治神宮前交差点にて)
また、FAIMSの計測結果と、千代子の行動と結びつけたとき、以下のことが言える。
・渋谷駅周辺はアンモニアの数値が高い。(人、排気ガス、アスファルトなど様々な要因があるとのこと。)千代子の右往左往する行動に関係ある可能性もある。
・車通りの多い大通りでは大きな分子が計測される。これも千代子の右往左往する行動に関係ある可能性もある。
・日によるが、概ね代々木公園には軽めの分子が広がり、多くの変化があるわけではない。一方で原宿は変化の起伏や種類が大きく、千代子の右往左往する行動と一致する。
・代々木公園では千代子の行動パターンとFAIMSの計測数値の変化が顕著に結びつくことも多かった。都市では他のさまざまな要因が介入しているとも考えられる。
これらの結果から、以下のことが考察できる。
・都市には人間に嗅げない匂いのレイヤーが広がる。
・穴や溝、ビルの間や自販機の裏など、人間には嗅げない匂いの滞留空間が都市には多数存在し、千代子のような犬はそういうところにこそ興味を示す。
・都市は、商業空間に固有の匂いがあり、匂いの戦場である。
リコー社氏本さんの専門的なレポートも参考にしてください。